『宇宙遊泳のあとで』                  












――それは、まだ人類が宇宙に行く事も叶わず

空の向こうを見上げていた頃のこと。



――空の向こうに、新しい何かを夢見ていた頃のこと。

当時の少年達に将来の夢を聞けば、十人中八人は宇宙飛行士と答えていた。
各国の技術者が競って宇宙船開発に躍起になり、そのようすを毎日のようにマスコミが伝えていたからかもしれない。
ちょうどその頃、爆発的人気を誇っていたSFアニメに影響されたからかもしれない。

いや、そうではなかった。それらも理由のひとつに含まれていたが、最大の理由は他にあった。

少年達は『大切に思える何か』を求めていた。
けれど、この病みきった世界にそれがあるとは思えなかった為、宇宙に彼らの目は向いたのだ。
世界から遠く離れた蒼い天空の彼方なら、ここには無いモノがきっとある。
その中に自分達が求めるものもある…そう思ったから。



まぁ、ほとんど無意識の上ではあったけれど。







数年が過ぎて、某国がやっと宇宙船第一号を完成させた。そして乗員を希望する若者を募集したのだった。





更に数ヶ月が過ぎて、乗員の一人にある少年が選ばれた。
どこにでもいるような、ごく普通で、そして宇宙飛行士を目指す少年だった、





少年の幼馴染の少女は、少年が乗員に選ばれたことを知ると、彼にこう言った。


「乗員になるの、やめた方がいいよ。今回は諦めて、宇宙船に乗るのは次の機会にしよう。」


もちろん、少年には納得できない。すぐに言葉を返した。


「何で?こんなチャンスはもう二度とないんだ。それなのにどうして諦めなきゃいけないんだよ。」
「だって…危険だよ。今までの宇宙実験は衛星を放つ程度だったから、生き物が地球外に出るのは初めてじゃない。」
「そりゃあ全然危険じゃないとは言わないけどさ、そんなこと言ったら何もできないじゃんか。」
「でも…何が起きるかわからないんだよ?もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ!」


少女の心配も尤もではある。
一部の評論家たちも、先を急ぎすぎては失敗するのではないかと、某国を批判しているのも事実だ。
それでも、少年に『諦める』なんてことはできなくて。




「大丈夫だって。俺はちゃんと宇宙に行って、そこで色んな発見とかして…ちゃんと生きて、絶対地球に帰ってくる。
そうでないと行き損だもんな。」



少年は、ずっと昔から未来を見ていた。
退屈な地球を離れて、宇宙に行くことが夢だった。
宇宙にはきっと退屈なんて存在しない、新しい何かが待っているのだと信じていたから。




揺るがなかった。


「私だって、宇宙に行く事は反対しないよ。だけどまだ早い気がするの。
今すぐ君が宇宙に行ったら…もう会えなくなっちゃうんじゃないかって…」


「…お前って意外と心配性なんだな。でも本当に平気だからさ、お前はここで待っててよ。
帰ってきたら宇宙の話を嫌ってほど聞かせてやるから。」


そう言う少年の顔には笑顔と自信が満ち溢れていて。

少女もとうとう反対意見を言えなくなってしまって。







そして、更に数日後、少年は宇宙船第一号に乗って、空の向こうに行ってしまった。
その映像をテレビで見ていた少女の脳裏に残されたのは、宇宙船が飛び立った直後の白い噴煙と、
宇宙船が飛び立つ直前にインタビューを受けていた、少年の緊張した顔だけだった。











 それが少女の見た、最後の少年の顔だった。










では少年は宇宙で死んでしまったのかというと、そうではない。
少年は、彼の言った通りに、ちゃんと生きて地球に帰ってきた。



彼が宇宙船内で過ごした時間はちょうど半年。
その間に目立ったトラブルもなく、彼は他の乗員たちと楽しく宇宙旅行をした。
たくさんの新しいモノも発見した。そのたびに少年は、この事を少女に教えて、

『やっぱりお前の考えすぎだったね、宇宙はとても素晴しかったよ。』

と笑って話したい、と思っていた。





――思っていたのだけれど。






SF小説などでたまに出て来る言葉で、『ウラシマ効果』と呼ばれるものがある。
宇宙空間に居るのと地球に居るのでは時間の流れる早さが違っていて、
例えば宇宙に数日居て地球に戻ると、地球では数年も経っているという…






少年は、その時間の流れに巻き込まれてしまったのだ。
少年は宇宙船の中で半年分だけ年をとって帰ってきたら、
地球とその上に住む人々は百年分だけ年をとってしまっていた。



――百年の時の流れに押しつぶされて、少女は少女でなくなり、そして死んでしまった。




――少年の話を、聞く前に。















少年が地球に帰ってきてから数日後、彼は少女の孫だという人に会った。
娘といっても、その人は少年よりだいぶ年老いた女性で、少年の母親だと言っても差し支えなさそうな年齢だった。



「私は、祖母に貴方の話をよく聞かされました。」



少女の孫は語った。


「祖母は…自分の幼馴染は勇敢な人で、どんなに宇宙に行くことを止めても意志を曲げたりしなかった、
絶対帰ってくると言っていたから、私は彼を待っているのだと、そう言っていました。」


「俺のことを…信じていた?」


「えぇ。」








帰ってくるから、絶対に生きて帰ってくるから……
その言葉を信じて。少女は待っていた。ずっと待っていた。



少年も、少女との約束を守る為に帰ってきた。新しいモノを見つけて、少女にその話をする為に帰ってきた。




なのに、時は過ぎてしまったから。








少年は、新しい何かを夢見ていた。
大切に思える何かを求めていた。
でも、今はもう、その事について語り合える人がいない。




少女は死んでしまったから。



少年は、空の向こうを見る。そこに、少女のいる天国は無い。

そこにあるのは、自分が行ってきた宇宙だけだ。少女はもうどこにもいない。









――それでも、少年の人生は続いていく。



――百年分遅れて、少年は生き続ける。



――それが、悲しい。



(了)



*あとがき…*

初めまして、藍田と申します。
なんか、最初っからこんなんでスイマセンでした。
この話は…SFなんでしょうかね。(聞くな)

某洋楽の訳詩を見て書いたのですが、展開早すぎて何が何だかサッパリです。
何を言いたかったのかもサッパリです。
ぶっちゃけた話、時間が無かったのが敗因です…。はい、精進します。

途中で出てくる『ウラシマ効果』の説明、たぶん間違ってます。
まぁ、そこのトコロは雰囲気と根性でカバーして下さい。


では、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。



                                               藍田ひびく