砂に埋もれし過去の怨念4     霧斗

「よう。羽の無い奴らは不便だな。砂まみれにならねぇーと

移動も何もできねぇーんだからな。」

  雲一つない澄みきった青い空に向かって舞い上がる黄砂の

上から薄気味悪い笑いを含んだ声が風と共にリュウカ達の

鼓膜を振動させた。

リュウカは汗で濡れた顔にこびり付いた砂を払い落とすと、

声の主である銀色の鳥を見上げた。

「そうでもないわよ。自然の中を歩きで進むのってハマった

らやめられないし、あんたみたいにそんな上の方にいると

直射日光でやきとりになっちゃうんじゃない?どお?その羽

切り落としてあげようか?」

言いながらも彼女の手は腰の刀を握ろうとはしなかった。

そう分かっているのだ。事実、彼女自身砂漠を砂まみれで

歩く事にいらつきを覚えていた事を、そして銀鳥に自身の刀がとどくわけがないという事を…それに…。

これは銀鳥にも分かっている事だった。

「いくらイライラしてるからって相手に八つ当たりすんのは

よくないぜ。相手によっちゃあ自分の命を落とす事になるぞ。

特に…自分が何もできない時はな。」

銀鳥は旋回を止め、羽ばたきの回数を増やし、空の一点に

とどまった。その体制で睨みのきいたどす黒い赤い目をこち

らに向ける。

その時、舞い上がる黄砂を貫き一本の矢が銀鳥を襲った。

矢はシャッという音を立てて銀鳥の右羽から数枚の羽を奪い、

本体から離れたその羽たちは激しい太陽光を反射しながら

風にあおられどこかへ飛んでいった。

「リュウカちゃんがダメなら僕らが何とかするまでさ。」

オミがボーガンに二本目の矢を手早くセットして再びそれ

を向けた。

ライナスも上着の内ポケットに入れてある数本の短剣に

手をかけている。

二人は分かっていた。彼女が恐怖している事を。そう死へ

の恐怖を恐れている事を…そしてだからこそ…。

これまでに死への恐怖を感じた事は何度かあった。しかし

その全ては彼女にとってはただのスリルであり、ある意味

彼女はそれを楽しんでさえいた。

でも今は違う。何が違うのか。それは銀鳥が言ったこと

“自分ではどうする事もできない”これだ。

それでも、今彼女はどうすることもできない事をどうにか

しようと立ち向かおうとしている、そう恐れているのだ…

だから…だからこそ…心はまだ死んでいない。

「何言ってんのよ!私がダメになる訳ないでしょ。あんな奴

私一人でも倒せるわよ。」

リュウカは顔をわずかに赤らめながらも、汗で濡れた手で

刀を力強く引き抜いた。その頭をライナスがポンとたたく。

「三人ならそれよりも早く倒せるだろ。」

「まーね。」

そっけない返事をしながらも、彼女は二人が自身の心中を

察してくれている事に安堵していた。

そんなやり取りが十秒ほどで終わる頃、再び上空から

声が発せられた。

「お熱いねー。触ったら火傷しそうだぜ。」

「そうでもないさ。ふだんは荒涼って言葉が一番似合う

ほど最悪の仲だ。でも望みとあれば、やきとりだろう

と黒焦げだろうと何にでもしてやるぜ。」

ライナスの足もとの空気が揺らいだ次の瞬間、地面から

ゴウッという音と共に紅蓮の炎が立ち上がり、

その炎は彼自身のズボンの裾をわずかに焦がしながら

うねりと激しさを増していく。

「いくぜ。」

彼は炎が自身の右手にある程度収束し形をもち始めた

ところで腕を伸ばし、それを銀鳥に向けた。

最後にその形、力を決定ずける言霊を解き放つ。

「紅き血のし・・」」

「待ってください!」

唐突に制止を求めた声に彼の身体は敏感に反応し、

その踏み出そうとしていた右足を地面の砂に深々と入れ

込み、前に進もうとしている全体重を支えた。それと

同時に炎も虚空へと消える。

銀鳥もそれには動揺をみせ、動きが止っまた。戦闘のため

広げたままの羽がなんとなく間抜けに見える。

「なんだってんだ。ったく、戦闘に水差すんじゃねーよ。」

ライナスは眉間にしわを寄せ、今まで黙っていたアトリスの

方へ顔を向けた。

しかし、彼は答える事もなく、ただ続けた。

「あなた達が力を出すべきところはここではありません。

ここは私に任せて早く王宮跡地へ行ってください。もう

近くですから案内なしでも分かるはずです。」

「え?」

リュウカは彼のなんとも仲間じみた発言に驚きと訝しさを

覚えた。いや、もともと彼の仕事は彼らをそこに連れて行く

事だから、それを妨害する者の排除も仕事の内なのだろう。

「勝手に話進めてんじゃねーよ!」

自分を取り戻した銀鳥が大きく羽をはばたかせ、それに

一瞬遅れて疾風が彼らに襲いかかってきた。しかし、それは

アトリスが前方に創り上げた空間の歪みによって、いとも

簡単に防がれた。方向を変えられた風はさらに多くの黄砂を

空気中に巻き上げた。

それに紛れて銀鳥の舌打ちが聞こえてくる。

リュウカは抜いたままの刀を鞘におさめ、汗で濡れた手を

上着のすそで拭うと進行方向に向いて歩き出した。

その彼女の後ろ髪を引っ張るかのようなアトリスの悲しそう

な声音が聞こえる。

「リュウカさん、恐れることは構いません。だけど、心を

無くすようなことにはならないで下さい。」

彼女は意味の分からないその言葉に首をかしげながらも、

向き直り、二人と共に走り出した。

王宮跡地に向かって。

****

 

  王宮跡地とはよく言ったものだ。

さっきのライナスとリュウカの仲はどうだか知らないが、

“荒涼”正にこれだった。

建物などどこにもない。あるのはただの残骸のみ。

かつては王宮を支えていたであろう巨大な石柱の一部分、

人々を黄砂から守っていたであろう壁をなしていた

各個の煉瓦。それら、また今では何であったかも分からない

ものが無残な姿で散らばっている。

唯一あるとしたら朽ち果てた門から、ぽつんと取り残された

ようにある王座へ一直線にのびている赤タイルの通路だけだ。

しかしその赤も黄砂のおかげでくすんでしまっている。

「悲惨な状態ね。ここでどうしろってのかしら。」

「さあ。」

オミの困惑した返事が返ってくる。

三人は仕方なく王宮の内部であったろう王座のある場所へと

足を進めた。

「やっぱり何にもないわね。」

「いや、何か変だぞ。」

ライナスの反論を聞き、リュウカとオミは彼の視線に自分の

を合わせてみた。

確かに変だ。二人にもすぐに分かった。

赤タイルだ。王座の前だけ異なった色をしている。そう漆黒

のくすみのない闇色。それもそのはずだ。

それはタイルでも何でもない。いや正確に言うならなにも

無いのだ。そこには人工的にあけられたような正方形の穴が

あった。まあ、人工的に造られた王宮の中なのだから人工的

な穴があることは別におかしくはないが、問題は存在いてい

る場所なのだ。

どんな建築家がこの王宮を設計したかは分からないが、

まあ一般的に考えてその設計図にはこんなところに穴

などかかれてはいなかっただろう。つまり、これは後

から何らかの目的で造られたものということになるが。

そんな事を考えつつ、リュウカは足もとに気を付けながら

その中を覗き込んだ。

むらのない黒で塗りつぶされた一辺二メートルほどの正方形、

かすかに下への奥行きが感じられるが、それ以上に周りの

くすんだ赤タイルとの対比でその黒が外に向かって飛び出て

きているようにも見える。まあ、ただの錯覚だろうが。

「やな感じ。」

彼女は何かで自身の背中を撫でられたような不快感をおぼえ、

思わず右手で左肩を握りわずかに身を縮めた。

瞬間、上着の後ろのすそを引っ張られ、彼女の肩が小さく

跳ねた。

「な、何?」

首だけを回し、背後に視線をやった。そこには膝をつき、

苦しそうに胸をおさえているオミの姿があり、そのまた

後ろには力なく倒れているライナスの姿があった。

リュウカは驚きに表情を固めたまま身体ごと後ろに振りか

えり、オミの肩を両手で掴んだ。

「どうしたの?」

「わっ…わかんない」

荒い息遣いで返事が返えされ、後が途切れ途切れに続けら

れる。

「…でも、なんとなくだけど…僕らの魂が消えそうに

なってる…そんな気がする…」

言い終わるとオミの身体は力を無くし、ぐったりとして

しまった。

「魂って、一体どういうことよ!」

と、その瞬間前と似た不快感が彼女の背中を襲い、

雪女の吐息が首筋に触れたように、寒気がどっと全身を

巡った。

温かいオミの身体をカイロ代わりの気分で右手に抱き

かかえると、彼女は左手で刀を抜きながら後ろを振り返った。

そこには穴から伸びている無数の黒い手が無音の中存在した。

異形の姿に恐怖心をかきたてられる。

「なっ…」

口元の筋肉が麻痺したように、力なく開けられた彼女の

口からは言葉にならない言葉しか出てこず、後が続かない。

…情け無い。私ってこんなに弱かったっけ?…彼女の頭が

そんな言葉で支配される寸前、無数の黒い手が突如彼女に

襲いかかってきた。

彼女はそれをオミを抱えたままなんとか避けきった。

しかし、オミの体重の負荷が後に筋肉のきしみとなって

足にかえってくる。

「くっ。」

それを逃さず、二本の黒い手がリュウカの足を掴むが、

彼女の刀はそれらを躊躇なく切り払う。しかし、黒い手

はまだ無数にある。

「きりがないわ。」

と、悪態をつき、ライナスの倒れていた方に視線を

やった。

…いない。

急いで視線をずらすと、視界に入ってきたのは穴に

ひきずり込まれそうなライナスの姿だった。

駆け出すが、オミの全体重が足の動きを鈍らせる。

(間に合わない。)

その瞬間、彼女は叫んでいた。

「ライナス、起きて!」

しかし、その叫びも虚しく彼の身体は穴の闇の中へと

消えていった。

それと同時に何本もの黒い手が彼女の腕や足、首までも

掴み、穴へと引きずり出した。彼女が抱きかかえている

オミの腕をも掴んで引っ張る。

あと一メートル、あと七十センチ、あと…二十センチの

時、彼女は回りの赤タイルに左手の刀を突き刺した。

ガシンッという鈍い金属音と共に、二人の身体は止まった。

反動で掴んでいる黒い手がわずかに食い込み痛みが

走る。

しばらく均衡が続いたが、バキンッと赤タイルが砕ける

と同時に二人の身体は穴の中、いや闇の中に引きずり

込まれていった。ほんの、一瞬で…。



                         *第4部   終わり*