GRATEFURL MEETING
             貴瀬 織絵


 今日もいつも通りに何の目的もなく通りを歩いていた、はずだった。
「フォックスー。稼ぎ少ないのー?いい話あるはよぉー」
 通りの向こうから俺は情報屋のガンズに声を掛けられた。どうもうつむき加減で歩いていたのがたたったらしい。あいつに会うと厄介だ。流す情報はとびきりいいが俺の身にはとびきりの災難がついてくる。なんとかして逃げようと思った時ガンズが俺の背中をドンっと力任せに叩いた。
「痛ってぇよ、オッサン」
 肩を抱こうとした手を乱暴に振り払って俺は言った。
「オッサンとは失礼な。そんな事いったらもう教えてあげないんだからなぁー」 ガンズは尚も俺に抱きついてくる。手入れされた髭の生えた頬が俺の頬をこする。ざらざらした感触が気持ち悪いったらありゃしない。
「分かったよガンズ様様。なんかいい話あるんだったら聞いてやるから、いい加減街中で男なんかに抱き付かないでくれる?」
 俺は渋々承諾の返事をした。するとその言葉にガンズはぱっと顔を上げた。
「ホント?話聞いてくれるの?ホントに?」
 ああ、とガンズの熱い視線を交わして俺は嫌そうに頷いた。
「やったぁ!じゃあ、その店入ろうねぇー」   
そしてオッサンは俺が制止するのも構わずこの街一の高級料理店に入っていった。
 ・・・ぜえったいガンズにおごらせてやる!
 そう心に誓いつつ俺も店の中に入った。
 店には昼食時から外れているせいか、自分達以外の客はさして見あたらなかった。ガンズはさっさとrへ入っていって窓際の一番いい席を陣取っていた。
「フォックスちゃん、こっちこっち」
 ガンズはまるで子供をあやすような声で、こっちにひらひらと手を振ってくれる。
 俺はガンズの向かいにめんどくさそうに座った。
「ご注文は?」
 さして可愛くもないウエイトレスがにこにこと聞いてきた。
「えっとね、これと、それと・・・うん、これで。・・・フォックス何かある?大体は頼んでおいたけど」
 俺は一つ溜め息をついていい加減に相槌を打っておいた。ウエイトレスが注文を繰り返して厨房へと帰って行く。
「でさーフォックスゥ」
 出された水を押し退けてガンズがテーブルの上に乗り出してきた。
「汚い体乗せるなよ、水がまずくなる」
 俺の皮肉もこいつには絶対通用しない。
「まあ気にしない気にしない。実はねぇ、今そこの美術館に『GATE T』があるのよ」
「えっ?」
 思わず俺も身を乗り出して耳を近づけた。
「『GATE T』って、あの巨匠ローザの遺作の?」
「そう、それも本物がね」
 ローザ、といえば誰もが一度は聞いたことのある名前であろう三百年前活躍した画家である。世に出回るものはあまりにも少なく、作品がオークションなんかに出されたらだいたい何万もの値がつく。そしてその彼女の遺作である『GATE T』は絵画の中の最高傑作と言われている。あまりにも有名かつ、世界に一つしかない貴重な代物のために、偽物も当然のように世に出回っているのだが。
「確かかよ、その情報」
 俺は大きく息をついてソファーに座り直した。もちろん落ち着くためだ。
「何で本物って分かるんだよ」
 努めて平静に聞いた。
「第一に、今あの美術館には厳重な警備が引かれているし・・・。それに、本物しかないひっかき傷とか、あと分かりづらいけどローザ本人の手形」
「・・・手形ねえ」
 その話は何度か耳にしたことがあった。
「でも、ローザのだてどうやって・・・?」
「それはね」
 ガンズはナップサックから美術館の地図を取り出した。そしてテーブルの上に広げ、ある所を指差した。
「この部屋に、ローザが残した手形があるわけ。これだってすごく貴重よー、ここがローザの生誕地でよかった、ホント」
「・・・つまりその手形で確認しろ、と?」
「そう。後は任せたわ、フォックス。取ってきたらちゃんといい値で買ってあげるから」
 ふふふ、とガンズは気味の悪い笑顔をこちらに向けた。
「よかったでしょ、幸い今は生誕祭の真っ最中だしー、人々はお祭り気分だからさー、せいぜい派手に暴れておいでよ」
 俺はそこまで聞くとすくっと立ち上がった。
「ちょっ、ちょっとフォックス、どこいくのよー、これから盛大なランチのはずでしょーが」
「もちろん消えるんだよ、いい話聞いたしな。勘定はオッサンもちな、じゃあ」
「ま、まってってば、フォッ・・・」
 ガンズは店を出る俺を追いかけようとしたがさすがに従業員に引き止められていた。まあ、そこから先は振り返らなかったから知らないけど。
                 *
 夜の美術館。
 俺は動きの取りやすい黒ずくめの格好でここに忍び込んだ。
 そう、俺は盗人。昼間みたいに情報屋から情報を得ながらいろんなものを盗んでは金にかえて生計をたてている。金には困ってないだろうと言われたこともあるがそこは常に危険がつきまとうこの仕事のこと、金なんかいくらあったって足りやしない。どう考えても別の仕事したほうがいいと思うけどなぜかいまも続けている。
 俺は足音を立てないようにローザの手形のある部屋に入った。
 そこはこの街が生んだ画家、ローザに関するものを飾った部屋だった。その真ん中に目指す手形があった。
 そっと、手に取ってみる。
 ちゃんと指紋まではっきり分かる。持っていた道具でその型を取って、俺は『GATE T』があるという隣の部屋に入った。
 通常は職員しか入れないというその部屋に『GATE T』はあった。月明かりに照らされたその絵に丁寧にかけられた赤い布をそっとはぎ取る。
「へぇ」
 俺は思わず感嘆の声を上げてしまった。
 流れ星が夜空から男の子と女の子に降り注ぐ絵だ。その他には特にこれといったものは描かれていないのに、なぜか心を引きつける。これがローザの画力、というものなんだろうか。
 一通り見回すと、なるほど、右下の隅に手形があるのを発見した。早速持っている手形を近づける。
ぴったしだ。これならいい値で売れるだろう。
俺は持ってきた布を広げてその絵を包むために壁から取り外そうとした。
   と、突然、その絵が光を帯び、俺はもう少しで絵をとり落としそうになった。
「・・・ねぇ」
 突然俺に降り注いだ声に、俺はまたびくっとした。そっと振り向くと、そこには見たことのある少女がいた。白いフリルのドレスを着た少女・・・。そう、あの絵に描かれた少女にそっくりだった。
「あ、あんたかい、俺に声を掛けたのは」
俺は小声で、でも少女に聞こえるぐらいの声で尋ねた。
「・・・そうよ。見えるんでしょう、私のこと」
「あ、ああ」
「私、ローザっていうの」
「は?」
冗談きついぜ、と思った。
「もしかして、この絵の作者?」
「・・・そうよ。信じられない?でも、本当なの。いつもここで待っていたわ。ハルミナの待つ場所へ連れていってくれる人を」
「ちょっと待ってくれよ、どういう事だよ、あんた・・・、ローザさんはさあ、もう三百年も前に死んだはずだろ?」
 ・・・どうにも、信じられない。
「死んだわ。私とハルミナの仲を妬むものに殺されて。普通なら魂は上へ昇っていくって誰だって知ってるわ。でも、私の魂は昇らなかったの。ここに、私の身体が焼かれたこの場所に残ってしまった・・・!」
 悲痛な表情のローザを慰めようと俺は手を伸ばした。
「・・・無駄よ。実体がないんですもの。私に触れる事は出来ないわ。本当は姿も見えないんだけど年に一度だけ、誕生祭の間だけは夜こうやって姿を見せることができるの」
 ローザの言う通り、俺の伸ばした手はローザの体を突き抜けた。俺は唇を噛んだ。
「その・・・、『上』に行く方法って分からないのか?」
 俺は声を振り絞って聞いた。
「『GATE U』があれば」
「『GATE U』?」
 それは聞いたことのないものだった。
「知らない?・・・私の最後の作品なのに」
「あんたの遺作は『GATE T』だと思ってたけど」
「それじゃあ、きっとジェイ・スウェアが事実を曲げて伝えたんだわ。TとUは対の絵になっているの。私はそれをハルミナに贈ったわ。とっても大切な答えを隠して」
「答え?」
「・・・」
「答えってのは何の答えなんだ?」
「ねえ、盗賊さん」
 ローザは俺の問いを無視して尋ねた。
「俺の名はフォックスっていう」
「・・・じゃあ、フォックスさん。「GATE U」を持ってきて。きっとハルミナの家に残ってるはずだわ、それがあれば、二つの絵がそろうの。そうすればきっと私は上へ行けるの、だから・・・。・・・お願い」
 俺は大きくため息をついた。少し長めの前髪をかきあげる。
「ちょっと待ってくれよ。「ハルミナの家にある」っていったってあんたが死んでから何年たっていと思っているんだ。その間にそいつの家はなくなたかもしれないし、いっぱいわかれてるかもしれないんだ。それをいちいち調べなきゃいけないのか?」
 俺はそこまで言って後悔した。そこには目に涙を溜めたローザの姿があったからだ。
「・・・私がここで一人で過ごした時間よりもは、きっと何倍も短いわ」
「・・・悪かったよ」
 俺はいたたまれなくなって謝りの言葉を述べた。
「・・・しかたない・・よな。・・・じゃあ、これから言う質問に答えてくれよ」
「・・・なに?」
 不思議そうにローザが聞いた。
「一、ハルミナの本名は?二、この絵は一体いつまでここにあるんだ?三、その絵はどこらへんにある?そして、万が一絵がなくなっていたらどうする?それに、あんたの言う「答え」って何なんだ?」
 俺は訴えるように言いはなった。
 ローザはうつむき加減で答えた。
「この絵は、とりあえず誕生祭の間はあるみたい。その先は知らないわ。「GATEU」はハルミナにあげたの。ハルミナは隣の国の宮廷音楽家だったわ。ハルミナ・コウディル。・・・私の愛した人」
「・・・分かった。きっと見つけるさ。誕生祭の間に見つからなかったときは、そうだな、絵は俺がもらっておくよ。いつ「GATE U」が見つかってもいいようにな」
 俺は半分諦め口調で言った。でも、ローザにはとてつもなく素晴らしい言葉に聞こえたらしい・
「ありがとう盗賊さん、あ、フォックスさんでしたよね」
 そしてにっこりと笑った。
「笑うとかわいいじゃないか」
 俺はつい、そう言ってしまった。
「・・・ありがとう、本当にありがとう」
「じゃあな、あまり期待しないでくれよ」
 俺はゆっくりと部屋を出た。そしてゆっくりと歩く・・・。
「あっ」
 目の前にはいつの間にか集まってきた警備員達。ガンズの言う通り、その数は半端じゃない。
「いけねえっ、長居しすぎた、って金目のモン盗ってないってのにこれってないんじゃない?」
 俺は大急ぎで通ってきた抜け道を通って美術館を出た。
 ・・・ほんとに、ガンズと関わると厄介な事ばかりだ。
 誕生祭終了まで、後三日。
        *
 翌日。
「あらぁ、フォックスちゃんじゃなーい、めずらしいわね仕事場まで来るなんて」
 情報屋のガンズの表の仕事は飯屋である。こんな女みたいな奴の所に客なんかくるんだろうかと思って店には一度も行ったことがなかった。
「今日はなーに?フォックスちゃんだからうーんとまけとくわよぉー!」
 織れはドンっとカウンターに手をついた。
「そんなつもりでここに来たんじゃない」
「そ、そんなドスのきいた声で言わなくても」
 ガンズの顔が真面目になる。
「どうだっていいだろ。あんたを世界市の情報屋だと信頼して仕事を頼もうって言ってんだよ、耳の穴かっぽじって聞けよ」
「・・・怖い、フォックスちゃん・・・」
 俺はガンズの呟きさえも気にせずに言葉を続けた。
「コウディル家の系図が欲しいんだ。三百年前いた、ハルミナ・コウディルの子孫に当たる奴等の。それから、その子孫が今何処に住んでるかも。いいか、分かったな」
 一通りの用件を言うと、俺はほっと一息ついた。
「・・・わ、分かったわ。愛しの愛しのフォックスちゃんの頼みですものねぇ・・・、「世界一」かあ。・・・任せといて、「世界一」の私ガンズ・オルフ精一杯仕事してきますわ。待ってて、十五分で片づけてきてあげるから」
 ガンズはそういうと客がいるのも構わず出ていってしまった。俺はしかたなく、カウンターの椅子に腰掛ける。
 ふぅ。
 昨日あの後全力疾走して何とか家に辿り着いたものの、一睡もできなかった。神経が図太いことでは誰にも負けないと自負しているこの俺がだ。珍しいの一言では片づけられないことだった。
 だから俺は朝がくるとすぐに行動を起こした。いてもたってもいられなかった。俺の帰りを待つローザを思うと、尚更だった。
「ただいまぁー。フォックスちゃん、分かったわよ!」
 十五分、とたたないうちにガンズは戻ってきた。早速、といった形で縦長の紙がカウンターに広げられる。
「これよ。一番上にハルミナ・コウディルの名前があるでしょー。そこからこうわかれて・・・、一番下のこの五人が今生きている人ね」
 ガンズは系図を指で辿って説明してくれた。
「で、住所はこれに書かれているわ。ま、何やってるのか知らないけど、せいぜい頑張るのね」
 そして、住所の書かれた小さな紙切れを渡してくれた。
 俺は外に向かって駆け出した・・・。
「あ、オッサン、仕事料!」
「まけとくわ、早く行きなさいよ!」
 ガンズの声に押し出されて俺は外に出た。オッサンの言葉が今はなぜかやけに心地好く聞こえた。
        *
 隣の国へ入ったのはその日の夕方のことだった。とりあえず、半年前にこっちに移住したリムスキーに見せた。
「一軒ずつ「入る」のか?そりゃあフォックスの腕からいけば簡単かもしれないけど・・・、このリード・コウディル、これはこの国の現国王だぜ」
「・・・え?ほんとに?」
「ああ」
 リムスキーはそばかすだらけの顔いっぱいに笑みを浮かべて頷いた。俺は唇を噛む。王宮になんか、入ったことはない。
「それに・・・」
「まだなんかあるの?」
 俺は嫌そうに聞いた。
「あの城の警備は大変なもんだぞ。特に隊長のエル・スウェア。あれに引っかからないようにしないと」
「・・・で、リムスキーくん、助けてくれないの?援護ってなし?」
 俺はリムスキーのシャツの袖を引っ張って聞いた。
「俺は嫌だね。エルの野郎には目ぇつけられてるし。頼ってきてくれたのはうれしいが、俺に出来るのはこの中の何人かの家の場所を教えることぐらいだな」
「そっか・・・。ありがと、リム」
 いつもならもっと突っかかっていくはずなのに、俺はそれ以上無理を言おうとはしなかった。「しつこい」をリムスキーの口癖にしてしまったこの俺が・・・。
 そして、自分の事を親身になって考えてくれるリムスキーに感謝の念まで抱いている。いったいどうして。
 いったい、どうなってしまったんだ、俺は。まるで、違う人間になってしまったかのようだ・・・。
       *
 そしてまた翌日。
 昨日は何とかゆっくりと眠ることは出来たのだが。
「・・・ない」
 これで、四軒目。ここにも、『GATE U』はなかった。残りの一軒になったから、いったいどうすればいいのだろう。
 昨日はあれから王宮にも忍び込んでみた。先に結論から言えばダメ。しかし、『ダメ』に至るまでにはそれはそれは長ーい行程があったのだ。あーあ、思い出すだけで溜め息がでる。
 俺はあのだだっ広い城の全部の部屋を隅から隅まで見て回ったのだ、たった一晩で。壁紙の裏まで探したのに、何の報酬もなしなんてまったく酷すぎる話だ。
・・・あ、あのエル・スウェアさんにあったっけ。ほんとは会いたくなかったけど。彼はあのジェイ・スウェアの子孫なのだそうだ。どうりで性格が悪くてブサイクなわけだ。おかげでこっちは天井裏を這いずり回る羽目になった。それでも結局つかまるし。リムの助けがなければ今頃太陽なんて見れてなかったかもしれない。あーもう、思い出しただけで腹が立つ。今のうちに誓っておこう。俺はこの先絶対にどこの城にも踏み込まない、・・・つもりだ。
 俺は公園のベンチに座ってガンズにもらった系図を広げた。『GATE U』のなかったところに線を引く。
「後は、・・・フォックス・コウディル・・・住所は・・・へっ?」
 住所は自分の家を示していた。そう言えば、自分の名前のことなんて、考えてなかったけど、コウディルっていうんだっけ。
「ああっ」
 俺は何かに気付いて大急ぎで家に向かって走った。息切れするのも構わずに走った。
 バンッ。
 大きな音を立てて俺は家の扉を開けた。一日留守にしていた家。その奥の薄暗い部屋の壁に、『GATE U』が静かに掛けられていた。何でいままで気付かなかったのだろう。画家だった祖父さんが残したものだとばかり思っていた小さな油絵。見ていると絵の中の夜の闇に吸い込まれてしまいそうな流星の絵。これが探していた『GATE U』だった・・・!
 俺はもう一度走った。誕生祭の終わりまではまだ時間はあったが、一刻も早くローザにこの絵を見せたかった。足が重いのも、腕が上がらないのも、全然感じなかった。
 ・・・そして、あのときと同じ、月夜の美術館。
「ローザ」
 俺は小さく呟いた。
「『GATE U』、持ってきたぜ。これで、あんたはハルミナさんのところへ行ける」
「・・・ああ、強盗、いいえ、フォックスさん!持ってきてくれたんですね。見せて・・・ああ、これよ、ここに私は答を隠したのよ」
「なあ、いい加減その答ってやつを教えてくれないか。このまんま言わずに行かれたんじゃおちおち夜も眠れねえし」
 俺は極力穏やかに聞いた。俺の中に沸き起こる何かを抑え込むように。
「そうね。それがなければ私は帰れないしね。じゃあ、その絵を削って」
 俺は耳を疑った。
「・・・何、言ってんの、あんた」
「その絵の下に、私はハルミナからのプロポーズの返事を隠したの。そのことを伝えて、絵を彼に渡してすぐ、ジェイ・スウェアが私達を殺したんだわ」
 なおも何か言おうとするローザを制して、俺は絵に向かった。深呼吸して、ナイフを取り出して、ゆっくりと絵を削り始めた。
 それはものすごく神経を使う作業だった。あのローザの絵を自らの手でむちゃくちゃにするのだ。心中は穏やかじゃない。
 そして、全てが現れたとき、俺は感嘆の声を上げた。
「・・・ああ」
 それは花嫁衣装を着たローザとタキシードを着た男性の絵だった。きっとこの男性がハルミナなのだろう。
「・・・愛してたわ・こうなることを夢見てた。でも、生きてたうちは出来なかった」
 ことり、と音がしたので俺はびっくりして音のした方を見た。それは月明りに照らされてキラリと光った。それは、指輪だった。
「・・・ジェイが、隠したの。私の絵の中にこっそり隠したの。神様はね、私に死んだとき言ったの。『あの指輪がなければ駄目だ』って。辛かったわ。自分で探すことができなかったんですもの。ああ、やっと望みが叶うのね。その指輪、私にはめさせて」
 俺は指輪を拾うと、ローザの左手の薬指にはめてやった。実体がない彼女にはまるのかと思ったが、吸い込まれるように指にはまっていった。それはローザの手の中でまた輝いた。眩しさに言葉が出ない。
「ありがとう、フォックスさん。あなたは少しハルミナに似ているわ。もしかして、私はハルミナの子孫に出会っていたのかもしれないわね。ありがとう、あなたに会えて本当によかった」
 ローザの体が光を帯び輝きはじめた。
「・・・ローザ!」
 俺は叫んだ。ここは美術館で、とか、大声で叫んだら前みたく警備員がやってくるとか、思っていたはずなのに、このときはすっかり忘れていた。どうしてだろう、こんなにも離れたくない、って思うなんて。
 俺は何度も何度も髪をかきあげた。さらさらの髪が後ろにおいやられてはまた顔にかかる。
「ありがとう、ありがとうフォックス。忘れない、ずっと忘れないから」
 俺は何も言えなかった。ただ、涙が後から後から溢れてきて、頬をつたった。俺はただ、天に昇るローザを見つめることしか、出来なかった・・・。
「・・・ローザ・・・ローザ・・・」
 ただ、呟くだけだった。それもこっちに向かってくる警備員達の足音にかき消されていく。
         *
 そして、誕生祭も終わり、平凡な毎日が帰ってきた。
「あらぁ、フォックス、どうしたの、浮かないわねぇ」
 今日もまた、オッサンに声をかけられた。今日の理由ははっきりしてる。眩しい太陽を見たくないからだ。
 あーあ、オッサンにははむかう気力さえないや。
「どうせ失恋でもしたんでしょ、そうじゃない?言ってごらんなさいよ、女心なら任せといて」
「あんたは男じゃないか」
 やっと何の工夫もない皮肉がでる。
「何いってんのよ、まあいいわ、とにかくそこの店はいりましょ、今度こそフォックスちゃんにお勘定払わせるから」
 そして、俺の腕を引っ張って高級料理店に入る。
 ほんと、ガンズと関わると、いいことないや。
 だって、はじめて失恋したみたいなんだぜ、俺。オッサンには絶対言わないけどな。確かに、あの時の別れはすごくつらくて、家に帰って一晩中泣いたけど。でも、これだけは言える。
 あなたと出会えてよかったよ。



   あとがき。
 終わったぁー!ああ、どうも、貴瀬です。毎回問題を振りまきつつ、実は今回で最後だったりしてます。
 さて、「GRATEFUL MEETING」はいかがでしたか?本当は今回のコンセプトは「感謝の気持ち」だったんですけど、これじゃあねぇ。でも、分かって下さい、って無理な話なんでしょうか。尚、物語の中の絵のタイトルは某アーチストから拝借させていただきました。重ね重ね感謝です。
 ・・・今までを振り返ってみると、やっぱりいろんな思い出があるなあ、などとしみじみ思ったりします。周りの方にもいっぱい迷惑かけましたし。でも、その周りの人達との出会いがあったから貴瀬はここで文章が書けているわけで。まあ、毎回内容が分かりにくい話でしたけど。結構長いこと書いていたくせに、文章力だけは進歩しなかったですねぇ。辛いものです。
 最後に当たって、今回もいろいろな方にお世話になりました。Mさん、いつも批評してくれてありがとう。Kさん、君の作品にはいつも感心していました。その他、書き出すときりがありません。とにかく、貴瀬と関わった全ての方々、文芸部の皆さん、ご迷惑をお掛けしました。そして、ありがとう。
                           貴瀬 織絵